日本軍が中華民国の首都南京市を占領した際、約6週間 - 2ヶ月にわたって中国軍捕虜、敗残兵、便衣兵及び一般市民を不
法に虐殺したとされる事件。
日本軍は、南京への進撃中から諸種の残虐行為を行ったと言われている。その為、南京周辺の町村において、被害の報告が
挙げられている。また、1937年12月13日の南京陥落の翌日から約6週間にわたって行われた南京城の城内・城外の掃討でも
、大規模な残虐行為が行われたと言われている(城内は主に第16師団(師団長:中島今朝吾)が掃討を行った)。
この事件は主に軍人や外国の情報に触れる事の多かった外交官などに南京の欧米人から報告がなされている。(前者の代表
的な例としては陸軍中将 岡村寧次関係の記録が、後者の代表的な例としては外務省欧亜局長 石井猪太郎の日記が、それぞ
れ挙げられる)軍人が戦地から内地に宛てた手紙がもとで日本国内でも流言になっていたという説もある。また、日本の外
へ目を向けてみると、アメリカでは『シカゴ・デイリーニューズ』や『ニューヨークタイムズ』、中国では『大公報』など
のマスコミによって“Nanking Massacre Story”,“The Rape of Nanking”,“Nanking Atrocities”として報道されてい
た。南京に在留していたジャーナリストは日本軍の南京占領後しばらくして脱出したため、事件の全容が報じられたわけで
はないが、事件初期における日本軍が行ったとされる殺人、傷害、強姦、略奪などの犯罪行為がほぼリアルタイムで伝えら
れていた。無線が日本軍によって管理されていたため、彼らは南京を脱出して日本軍の占領後に行なわれたとされる略奪や
殺人を船舶の無線を使って報道した。
ただしこれらの報道にも反論があり、まず外交官への報告であるが唯一確認できる報告がイギリス人外交官の外電でありそ
の内容は「頻発する殺人」と伝えているが当時南京の欧米人が目撃した殺人事件は存在せず全て中国人からの伝聞によるも
のであるため虚偽報告の可能性が指摘されている。虚偽報告を伝えた要因として当時の中国政府から大量の献金を受け取り
それにより買収され反日的報道をした可能性が東中野らの研究で明らかになっている。
渡部昇一の主張によれば欧米人は便衣兵や攪乱兵の存在を知らずそれらの掃討を市民の殺害と誤認した可能性があると指摘
されている。また当時『ニューヨークタイムズ』に掲載された「南京虐殺の証拠写真」とされる写真も虚偽写真の可能性が
指摘されている。無線を通じた報道も全て中国人からの伝聞をもとにして報道していたためその正確性には問題があるとい
う主張もある。また内地への手紙も手紙自体は確認できるもののその正確性や信憑性に疑問が呈されている。(例えば虐殺
行為を内地へ手紙で送ったとしても検閲で落とされるため。)
事件の背景について
事件の背景として、南京の前にも、日本軍は移動中に上海、蘇州、無錫、嘉興、杭州、紹興、常州のような場所でも捕虜や
市民への虐殺・略奪を続けていたとされ、日本軍兵士・将校の従軍日記や回想録から、進軍中にそれらが常態化していたの
ではないかと疑われている。ただし、「中国軍が民間人を巻き込むため国際法で禁止されている便衣戦術(ゲリラ戦術)を
採っていたため」(南京大虐殺論争#虐殺の範囲を参照)という理由や、中国軍が後退する中で後に来る日本軍に陣地構築
の資材や建物など、利用できるものを何も与えない為に、中国人自身による民間人の虐殺、民家焼却を行う空室清野戦術に
よると見る向きもある。また兵士の日記についても通常一兵卒が所持する事が出来ないはずの万年筆で毎日の様に記録され
ていることから、従軍中にそのような余裕はなく捏造ないしは誇張されたものであるとする指摘もある。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
このような戦争を二度と繰り返さないようにしてほしいですね。
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